家庭やオフィス、商業施設で使われている Wi-Fi。その電波には、人が立つ、歩く、座るといった動作による微細な変化が表れます。この変化を読み解くことで、カメラやウェアラブルデバイスを使わずに人の動作を認識するのが、Wi-Fi センシングです。
ai6株式会社 と 株式会社Elith は、Wi-Fi CSI(Channel State Information:チャネル状態情報)などの時系列データから、人の連続的な動作を認識する HAR(Human Activity Recognition)エンジンの開発に取り組んでいます。まずは介護領域での活用を目指し、ai6 と Elith が共同でデータ収集と AI モデルの開発・改善に取り組んでいます。介護施設での検証を通じて、実用化に向けた取り組みを進めています。
介護現場で使える技術にするには、何を認識できればよいのか。見逃しと誤報のバランスをどう考えるのか。協業の背景と、開発で向き合っている課題を聞きました。
取材参加者:丸茂様・角谷様(ai6)、下垣内・小島(Elith)
※取材内容の趣旨を変えない範囲で、質問・回答の表現と構成を編集しています。
既存の Wi-Fi を、見守りに活かす
下垣内:「ai6 が Wi-Fi センシングに取り組む背景には、どのような問題意識がありますか。」
丸茂様:「当初は技術そのものへの興味が出発点でした。しかし、親の見守りを経験し、離れていても家の中で活動していることが分かるだけで安心できると実感しました。高齢化と介護人材の不足が進むなかで、Wi-Fi センシングを新しい社会インフラとして広げることが、自分たちのミッションだと考えるようになりました。」
ai6 が着目するのは、すでに使われている Wi-Fi を活用できる可能性です。専用機器の開発・販売・設置にかかる時間を抑えられれば、見守りを必要とする人へ、より早く届けられると考えています。
日々の活動量や生活の変化が分かれば、家族や支援者が異変に気づき、相談やケアにつなげやすくなります。介護が必要になる前の変化を捉えることも、ai6 が目指す見守りの一つです。
電波データから、生活動作を読み解く

Wi-Fi センシングで取得するデータには、画像のように人の姿が写っているわけではありません。人の動きや室内環境によって変わる電波の情報と、実際の動作との対応関係をモデルに学習させる必要があります。
現在は、既存の転倒検知アルゴリズムやデータ収集環境を確認しながら、デモや将来のアプリケーションへの組み込みに向けて、HAR エンジンの原型を開発している段階です。両社は、実環境に近いデータの収集から、モデルと評価方法の設計、検証までを共同で進めています。
下垣内:「Elith を開発パートナーに選ばれた背景を教えてください。」
丸茂様:「独自に高精度な動作解析を開発する方針を決めたとき、技術力があり、新しい領域にも意欲的に取り組む会社と組みたいと考えました。大学教授に紹介をお願いし、要件に対する提案も評価したうえで、Elith さんと共同開発をすすめることにしました。」
角谷様:「データを集めることにも制約があるなかで、モデルの精度がここまで上がるとは思っていませんでした。これから汎用性を高めていく段階ですが、現時点のモデルには手応えがあります。」
開発では、どの動作をどこまで細かく認識するかに加え、その結果を現場にどう伝えるかも検討しています。両社は、動作の認識から通知、現場からのフィードバックまでを含めて、モデルを改善する仕組みを組み立てています。
単一動作の認識から、生活の流れを捉える段階へ
下垣内:「どのような状態になれば、現場で使えると判断できるのでしょうか。」
丸茂様:「実際の生活では、立ち上がる、歩く、座る、横になる、眠りに入るといった動作が次々に切り替わります。その流れ全体を、バランスよく高い精度で認識できることが、実用化の一つの目安だと思っています。一つの動作だけ精度が高くても、それだけではサービスとして十分ではありません。」
取材時点で、開発は単一動作の認識から、複数の動作が連続する生活場面の認識へ進みつつあります。動作が切り替わる場面も捉えながら、どの変化を重要な兆候として通知するか。介護施設での検証を通じて、認識性能と通知の基準を確かめていきます。
見逃しと誤報のバランスを、現場に合わせる
下垣内:「見逃しを減らそうとして通知を増やすと、誤報が多くなり、通知自体を見てもらえなくなることもあります。両者のバランスは、どのように考えていますか。」
丸茂様:「事故を減らすために、多少の誤報があっても兆候を拾いたい施設もあります。一方で、すでに多くの機器の通知が鳴っており、誤報を少なくしてほしい施設もあります。施設だけでなく、夜勤の担当者によっても求める感度は違うと感じています。」
角谷様:「技術としての完成度を測る評価軸が、そのまま社会実装したときの価値につながるとは限りません。サービスとして何が本当に必要なのかを確かめ、調整していく必要があります。通知が多すぎて見てもらえなくならないことも、その一つです。」
こうした違いを踏まえ、両社は施設ごとの運用や担当者の受け止め方も含めて評価していきます。認識の正確さに加え、通知を受けた職員が確認やケアにつなげられたかどうかも、実用性を判断する基準になります。
介護施設での確認結果を、開発に戻す
両社は、介護施設でのデータ収集と実運用の検証を共同で進める計画です。施設では、通知が出たときの状況を職員に確認してもらえるため、検知結果と実際に起きたことを照合できます。
丸茂様:「介護施設から始める大きな理由は、検証できることです。ある部屋で異常があったと通知したときに、すぐに現場で確認してもらい、誤報だったかどうかを教えてもらえる。そこでフィードバックを受けて精度を高め、誤報を減らしてから一般家庭に展開したいと考えています。」
収集した電波データと現場での確認結果を使い、どの生活場面で誤認識や見逃しが生じるのかを調べ、モデルや通知の出し方を見直します。両社は、職員にどこまで詳しく状況を確認してもらうか、その結果を次の開発にどう反映するかも含めて検討します。
介護から、ホームセキュリティや省エネへ
下垣内:「今後、ai6 はどのような役割を担いたいと考えていますか。」
丸茂様:「いろいろなアプリケーションで使ってもらえる動作解析エンジンを目指しています。介護だけでなく、ホームセキュリティや省エネなどにも API で情報を提供し、UI は各サービス事業者に作ってもらう形です。将来は、屋内動作版 LLM のような存在になれたらと考えています。」
ai6 が構想するのは、動作解析エンジンを各分野の事業者に提供し、それぞれの利用者に合ったサービスをつくってもらう形です。電波の専門知識がなくても、API やノーコードを通じて活用できるようにすることを見据えています。
その最初の用途となる介護で、生活の中の動作をどこまで認識でき、どのような通知が役立つのかを検証します。そこで得た知見を、ホームセキュリティや省エネなどへの展開にも活かしていく考えです。
生活に関わる情報を扱うため、プライバシーやデータの取り扱い、制度との関係も検討が必要です。両社は介護現場での検証を通じて、利用上の課題も具体的にしていきます。
ai6 が持つ現場との接点やデータ、介護領域の知識を、Elith のモデル開発と評価に活かす。まずは介護施設で認識性能と通知の有用性を確かめることが、一般家庭や他のサービスへ用途を広げるための次の一歩になります。

